とと姉ちゃんの第二の舞台、東京・深川とは?地図と歴史と、朝ドラのストーリー【青柳商店・森田屋】

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「とと姉ちゃん」の最初の舞台は、静岡県の浜松。

しかし戦争などにより不景気の波が押し寄せ、「とと姉ちゃん」小橋常子とその家族は4人で東京に引っ越してしまいます。

その舞台となるのが、東京の深川(ふかがわ)

小橋家の母(常子たちのおばあちゃん)・君子の実母が住むこの深川は、一体どんなところなんでしょうか?

そして、どんな人物が登場し、どんな人間ドラマが織り成されるのでしょうか?

東京・深川の場所と歴史、そしてこれからのドラマ「とと姉ちゃん」のあらすじを解説します。

 

東京・深川とは?地図で解説

東京都・深川の位置。

東京都はこんな感じ。

深川は、現在では東京都の江東(こうとう)区西部に位置しています。

深川の歴史・文化

とと姉ちゃんの時代同様の下町

もともとは何もない場所だったんですが、1590年ごろから徳川家康により開拓が行なわれ始めました。

1596年に、深川八郎右衛門という人たちが開墾したおかげで「深川村」が創設され、それが深川の始まりだったそうです。

 

この深川は、材木業者が多く位置する「木場」として栄えてきました。

火事喧嘩は江戸の華」なんて言われるほど、江戸の町は火事が頻発。江戸中心地から離れた深川は材木が燃え尽きてしまうことなく、火事の補修のために多くの材木が使われました。

結果的に、深川は材木ビジネスの栄える町として有名になりました。

「とと姉ちゃん」のおばあちゃん、青柳滝子の経営する「青柳商店」も材木問屋。こういった歴史を鑑みてのことかもしれません。

 

平賀源内、松尾芭蕉、伊能忠敬といった歴史上の有名人も、この深川に住んでいました。

戦後の1947年に、城東区と合併して江東区になりました。

現在は、いわば「下町」といった位置づけでしょうか。

古き良き江戸の良さを受け継いだ、歴史ある街になっています。

 

深川のグルメ

深川といえば、「深川めし」

 

深川飯

出典:http://matome.naver.jp/

ネギとあさりをみそで煮込み、ご飯にぶっかけた豪快なごはん。

この深川は、江戸時代から漁業も盛んでした。この深川めしは、いわば「漁師飯」として昔から食べられていたのです。

 

深川飯2

出典:東京絵の具

深川めしには、あさりの炊き込みご飯もあります。

これは、大工さんたちがお弁当に持っていけるようにと作られていたもの。

どちらの「深川めし」も、江戸からの歴史を感じるグルメです。

 

深川、とと姉ちゃんの時代はどんな街だった?

とと姉ちゃんの時代同様の下町

「とと姉ちゃん」の舞台となっているのは、戦中~戦後の時代。

この深川は、1945年に空襲に遭いました。区内は焦土と化してしまったのです。

そんな状況を、深川の人びとはたくましく、温かな人情を持って支えあいながら生きてゆきます。

 

「とと姉ちゃん」のストーリーやキャラクターにも、そんな人情が現れています。

 

常子たちのおばあちゃん、青柳滝子(大地真央)はキップのいい江戸っ子。商売に全力投球であるがゆえ、実の娘・君子(木村多江)とは喧嘩別れしてしまいます。

でも、常子たち実孫には愛情を持って優しく接してゆきます。

 

青柳商店の番頭である、隈井栄太郎(片岡鶴太郎)もまた、人情味溢れる江戸っ子。女性しかいない小橋家の面々を、影ひなたとなって助け続ける優しい人です。

 

小橋家が住み込みで働くことになる、仕出しの老舗・森田屋。大女将である、森田まつ(秋野暢子)もまた、青柳滝子に似て歯に衣着せぬ性格です。

仕事に厳しいが、それも小橋家の女性たちを想ってのこと。こちらにも人情が。

 

森田屋の跡取りで板前の、森田宗吉(ピエール瀧)。眼光鋭く荒っぽい性格だが、仕事には決して手を抜かない真面目な男。

妻の照代(平岩紙)に対しても口は悪いが、心の底では深く愛している優しい一面も。

母で大女将であるまつには、頭が上がらず苦手。

 

こんな登場人物たちと支えあい、時にはぶつかり合いながら、常子たちは力強く生き抜いてゆきます。

浜松編とはまた違った人間ドラマ。江戸っ子たちのアツくて柔らかな人間模様に注目です!

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